女忍者のルーツを求めて。

巫女さん眠る地

こんにちは! 忍者フィーチャー・和風ロックガールズユニット、KUNO1のメンバーとして活動中。ゆずです。

 

忍者ロックをやるからには、女忍者(くノ一、くのいち)の祖先に、会いに行かなければ。

 

ということで、先日KUNO1一同で、くノ一発祥の地といわれる長野県・東御市へ行ってまいりました!

 

くのいちってどこから始まったの?

くノ一の祖とされる巫女、「望月千代女」

女忍者・くノ一の祖先とされるのは、戦国時代の望月千代女。戦国真っ只中、武田信玄が信濃国に派遣し、甲斐・信濃の巫女頭とされた人物です。

この信濃国の巫女たちは「歩き巫女」と呼ばれ、芸や舞を見せながら(時には男性とあれこれしながら・・・)全国を旅していました。この歩き巫女が、実は巫女のフリをした忍者で、武田家のために全国の情報収集をしていたという説が有力!

戦国時代には戦乱で孤児が大量に発生しました。武田家と望月千代女はその中から美少女を選りすぐって、山奥の修練場で修行させ、全国に送り込んだと言われています。

 

その修行場があったと言われる場所が、現在の長野県東御市祢津。日本初のくノ一・歩き巫女たちのお墓が残っているそうです!

 

歩き巫女に会うべく、さっそく東御市へ!

長野へやってきた忍者アイドル一同。

時刻は朝8時、朝っぱらからバッチリ衣装でキメて、長野県東御市へやってきたよ☆

バッチリ衣装でやって来た3人。

 

そして見つけた目当ての場所。

 

巫女さん眠る地

 

豊かな自然の中に佇む、「巫女さん眠る地」の看板。数百年前の墓標が並び、綺麗な草花が咲いていました。

戦乱の世を生き抜いた忍者たちが、ここに安らかに眠っているのですね……。

 

先人への敬意を表し、バシバシと記念撮影する我々。(朝っぱらからほんとごめんなさい)

 

 

すると・・・

そこへ草刈りに現れた、地元のおじさん!×2人!

 

 

あんたたち、どっから来たんだぁ〜?

 

地元の方との奇跡的な出会い

巫女の眠る地の守人たち。

朝も早くからガッツリ衣装でキメた女たちを見た地元の方・・・

 

「わ、わたしたち、東京で忍者をテーマにしたアイドルをやろうとしてて、くノ一の先輩に会いに来たんです〜・・・」

 

すると。

 

「なーんだ、上にもっと色々あるから案内してやるよ〜。日本最古の歌舞伎舞台もあるぞ!」

 

我々の活動にたいへん好意的に興味をもってくださった地元のおじさまたち!!

なんと、ネットで調べた情報にも載っていなかった、地元の人しか知らない歩き巫女墓地へ案内してくれました!

数百年前から残る、ずらっと並んだ巫女たちの墓標。

 

巫女のお墓は、数百年を経た今でも彼らがしっかり管理しているんだそう。

 

さらにおじさまたちが言うには、この地域では数百年前から歌舞伎が盛んで、何を隠そう2人も地元の歌舞伎役者なんだそうです!

 

山中に佇む、日本最古級の歌舞伎舞台。

ということで、おじさまたちの案内でさらに山中へ進むこと約5分。

そこに現れたのは、いかにも歴史のありそうな建物!

山中に佇む、祢津・東町の歌舞伎舞台。

急だったので鍵がなく、扉は開けられなかったのですが、窓から中を覗くと荘厳な回し舞台がそびえ立っていました。

東町の歌舞伎舞台、看板

看板の前で記念撮影。

 

私たちが出会ったのは東町の歌舞伎保存会の方。実は隣に西町もあって、2つの地区は数百年前から歌舞伎の腕を競い合っているのだとか……。

段畑のように整備された天然の客席。

↑この段々になっている地形は、天然の客席!

年に一度の東町の歌舞伎は、毎年4月29日。この日にはこの段々の広場に、600人の観客がやってくるそうです!

この日のために大人から子どもまで、歌舞伎の稽古に励んでいるんだって。

 

壮大な山々に抱かれた村に息づく伝統。日本の美しさに出会った朝でした。

 

忍びの祖先に導かれ、歌舞伎に出会った。

こうして朝早くから素敵な出会いに恵まれた、くノ一の聖地巡礼。

この日は後にライブがあり駆け足だったので、今月後半にあらためてご挨拶に伺う予定です。

 

 

↑巫女たちのパワーをもらって、この日の午後に上田市で出演したライブ!精一杯パフォーマンスさせていただきました。長野のみなさま、ありがとうございました!またすぐ来ます。

 

 

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